Feeling Arts
フィーリングアーツ
の活動
北村義博
プロフィール
活動歴
1000回公演
2000回公演
キッズ
フィーリングアーツ
フィーリングアーツ
その可能性
マスメディア掲載
体感者の感想
研究・研修
システム開発
ダウンロード
お問合せ

HOME

フィーリングアーツ1000回公演について

これまで医療,福祉,教育施設,阪神・淡路大震災後の被災地など,国内外で草の根的な公演活動を行ってきました。
これらの実績を踏まえ,2004年4月より医療,福祉,教育施設などで新たに1000回公演(目標)プロジェクトを開始しました。

日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)やパナソニック株式会社(旧松下電器産業株式会社) (メセナ[芸術文化支援]) などのバックアップを得て,1000回公演をめざし,医療・福祉・教育施設などでの草の根的な活動を続けてきましたが、2014年1月に1000回に到達しました。
 

医療・福祉・教育施設等における1000回公演・実績リスト
サポーターの紹介

フィーリングアーツ公演は、これまで多くのボランティアに支えられてきました。ここでは、1000回公演で大きな役割を担っている4人をご紹介します。

サポーター フィーリングアーツ・ボーカルセラピスト
 朝比奈逸美

以下、「北村義博,吉岡隆之:保健と医療の語りとアート:フィーリングアーツとナラティヴ,日本保健医療行動科学会年報,22: 77-91, 2007」より引用

私がフィーリングアーツ公演に参加させていただく中で,とても強く心に残っていることがあります.心の病をもつ子どもたちが入院している施設に初めて行ったときのことです.建物も古く,中に入ると薄暗く,窓には鉄の柵がしてありました.子どもたちに出会った時,衝撃を受けました.何とも言えない雰囲気で表情がなく,みんな自分の世界に入り込んでフタをしているように思えました.廊下を歩き回っている子もいました.この子どもたちにいったい何があったのだろう.なぜ,こんな風になってしまったのだろうか.このどうしようもない現実に戸惑いを隠せませんでした.

私は,みんなの前で歌える歌がまだ1曲しかありませんでしたが,「愛を伝えたい!歌うことで,少しでもその子どもたちの笑顔を取り戻したい!歌でひとつになりたい!」と強く,強く思い,精一杯「大きな古時計」を歌いました.その時,子どもたちと私を結び,全てをひとつにつなげていたのがフィーリングアーツでした.その空間にある全てのものが,フィーリングアーツの調和の光の世界に包み込まれ,やすらぎの中に身を委ねていました.子どもたちは,私の思いに応えてくれるかのように,その場に集中し,瞳を輝かせ,よく聴いてくれました.そしてみんな一緒に響き合って歌ってくれました.子どもたちは,本当に正直で素敵でした.

子どもたちは家族と離れて生活し,毎日寂しいだろう.毎日癒しきれない心の傷を抱えて・・・.そんな中でも,たった1曲しか歌えなかった私に「頑張って!」「ありがとう!」と言ってくれました.とても嬉しく思いました.私は子どもたちからものすごいパワーをもらいました.そのパワーは今でも私の心の支えになっています.本当にありがとう.
私は,自分の無力さを知りました.でも,「愛を伝えたい」という思いにかられて歌い,その思いに応えてくれる子どもたちを感じることができ,「こんな自分にも役にたてることがある」と希望をもつようになりました.
フィーリングアーツの空間の中で皆がひとつに繋がっていく.一人一人がそれぞれの思いを抱きながら・・・.全てが一回生起.明日なくなるもののように,一瞬,一瞬に心を尽くし,感謝の思いとともに生きていきたいと思います.

戻る
サポーター 介護老人福祉施設勤務
 野原 裕美子

2004年から少しずつ公演に参加させていただき、2005年からは本格的に活動させていただいています。
公演は病院や児童養護施設、老人施設、保育園等で行われ、私は主にボーカル、ギターでの弾き語りを担当しています。
また、機材運び・設置・片付け、カメラ撮影、資料作り等を手伝っています。2008年4月現在で約180回公演に参加させていただいています。

私は数々のフィーリングアーツ公演でたくさんの方と出会いました。でもそれはただの出会いではありませんでした。公演先で出会った方々にたくさんの大切なものをいただきました。それは『素直な心』であったり『笑顔』であったり『感動』であったり、かけがえのないものを…。
私は公演の始めにギターの弾き語りで、その公演先の方々と一緒に歌うことが多いです。童謡や誰でも知っているようなポップスをその現場に応じて選曲しています。また、既存曲の他にフィーリングアーツの出会いによって生まれたオリジナル曲を演奏させていただくこともあります。

公演に参加させていただく度にそこで歌える喜びを感じてきました。音楽で皆の心がひとつになれることもわかりました。今は自然に歌えるようになり、心の目で見れるようになってきました。フィーリングアーツを通じて自分のテーマ(願い)も見つけることができました。
私はフィーリングアーツ公演を通じて心の視野が広くなり、前までは曇って見えなかったものも見えるようになりました。フィーリングアーツでたくさんの大事なことを教えていただきました。それが今の私自身の成長に繋がっていると思います。これからもフィーリングアーツ公演でたくさんの方と感動を共有していきたいと願っています。
そして、まだ出会っていない痛みある方がフィーリングアーツと出会い、少しでもその痛みが和らぎますことを心から願います。私が少しでもその縁となれたら何よりの幸せです。

戻る
  サポーター
フィーリングアーツ・ボーカルセラピスト
 松浦綾子

以下、「北村義博,吉岡隆之:保健と医療の語りとアート:フィーリングアーツとナラティヴ,日本保健医療行動科学会年報,22: 77-91, 2007」より引用

次の手紙は,ホスピス(彦根市立病院緩和ケア科)でのフィーリングアーツ公演を見に来られた女性からいただいたものです.この方は他の患者さんに比べ,まだとても若い方でした.

「素晴らしいものを見せていただきありがとうございました.真ん中上に光り輝く星が見え,『星に願いを』の歌とリンクして,光を放つ夜空の星は,同じく希望と愛を放つ星として,全ての人々の心にも存在するということを思い出しました.『星に願いを』は今まで何回も聴いていたのに,詞にはっきりと『心に輝く星』と歌われているのを,今回フィーリングアーツを体験しながら初めて気づきました.
誰の中にも確実に存在しているこの美しい星を,多くの人々が各々の事情の曇りで隠してしまっている現実.その曇りを吹き飛ばせる素晴らしい活動をされていると思います.体と心を病んでいる人たち,傷めている子どもたちには,特に,愛と希望の光が自分の内に存在すること,そしてそれは尊い唯一無二であるということ,自分の想いでいくらでも光を放ち,他をも照らせるということ,障害があればある程そのパワーは強くなるということに気づいて欲しいです.
ハイテクを使ったアートなのに暖かみを感じられるのは,母なる大地が描かれているからなのでしょうか.CDではなく,想いの入った生の声での歌にも大いに重要な部分があるのでしょうね.私は藤紫の色が好きでした.朝焼けの空の色でした.夜明け前の『暁暗』から全てが目覚める朝へと明けていくときの色です.
最後に,大切なものを思い出させてくださった皆さまと,そのご縁をくださった先生に感謝申し上げます.(灘本みどり)」

公演中,この女性は,同じ病棟で,その日初めて出会ったという高齢の女性の手をずっと握っておられました.とてもすてきな瞳でフィーリングアーツの絵を見つめていらっしゃった姿が今でもはっきりとよみがえってきます.公演の後,隣におられた高齢の女性が「『ふるさと』の歌が懐かしくて,一緒に歌いたかったけど,のどの病気で声が出なかった」と残念そうに話されると,「大丈夫,私も同じ病気だけど,絶対治るよ.手術が終わったら,また歌えるようになるから.大丈夫,絶対良くなるよ」とずっと手をとり励ましておられました.自分も重い病を抱えているのに,なんて優しく強いのだろうと思いました.同じ痛みを抱えているからこそ支え合えるのかもしれません.そのお二人の姿に胸がいっぱいになり,言葉が出ませんでした.
お二人とも,とてもすがすがしい顔をして,部屋へ戻って行かれました.フィーリングアーツを体験して,心に描かれたものはどんなにすてきなものだったのでしょう.

同じ絵を見ていても,見る人の心によって全く違う世界が映し出される.ということは,同じ現実でも,心の状態によって,全く違うとらえ方になるのだと思いました.本当の幸せは目に見えるものではなく,各々の心の中にあるのだということを教えていただきました.私にとって永遠に心に刻まれる出会いでした.

戻る
サポーター フィーリングアーツ・ボーカルセラピスト
 中越寛子

フィーリングアーツ活動でたくさんの施設へ行かせてもらう中で、一番大きく私の思いが変わったのが、子ども病院でのフィーリングアーツ公演でのことでした。この時の事は今でも鮮明に覚えています。

子ども病院は行ったこともなく、初めてでした。リハーサルで歌っていると、ベッドに横になったままの男の子が横から入って来ました。その瞬間、私は涙が止まらなくなって、歌も歌えなくなっていました。水頭症のまだ小さい子や点滴をしたままの子が、次から次へと入ってきて、どうすればいいのか分からなくなりました。今までになったことのない感覚でした。

私よりも小さい子ども達が、こうやって手の届く距離で、生きようとしている姿を見るのは、テレビでしか見たことがありませんでした。
テレビで見て分かっているつもりでいました。でも、実際は何も分かってなかった。

いのちがどれだけ大切なものなのかを、教わりました。 私たちは当たり前のように生きているけれど、それは当たり前ではないとゆうこと。生まれてきてはいけない人なんていない。

子ども病院で出会った全てのいのちは確かに生きていました。
こんな場所で歌えることに心から感謝しました。
私は、生きることの素晴らしさ、いのちの大切さをみんなが忘れてしまわないように、これからも、求められる所で、歌い続けたいと思いました。

戻る

Copyright (C) 2005- フィーリングアーツ研究会(Feeling Arts Academy)